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図書館のつぶやき

学生アルバイト含め図書館スタッフ約10名が交替で担当する本の紹介コラム、企画展示や各種イベントのお知らせなど、もろもろのご案内を掲載しています。

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北海道教育大学附属図書館釧路館のつぶやきです。

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2017年10月20日(金)

『「ものづくり」の科学史 世界を変えた《標準革命》』

橋本 毅彦
『「ものづくり」の科学史 世界を変えた《標準革命》』
講談社学術文庫、2013年8月


ものづくり


 今回ご紹介する本は『「ものづくり」の科学史』というタイトルの本。もとは『〈標準〉の哲学 スタンダード・テクノロジーの三〇〇年』というタイトルで、講談社選書メチエの一冊として2002年に出版された本ですが、加筆修正のうえ、タイトルも改めて学術文庫に入りました。私が読んだのもこの文庫版であります。橋本毅彦氏は東京大学教授で、科学史・技術氏がご専門です。
 オリジナルタイトルや文庫版のサブタイトルに入っている「標準」、そして「互換性」、これらが本書の重要なテーマ、キーワードであります。橋本氏はこんな風に言われます。

  互換性とは、ある機械(システム)の部品(構成要素)になっているものが、もう一つの同型の機械(システム)の対応する部品(構成要素)と交換されても、しっくりと結合し、全体の一要素として正常に機能できるようなことを言う。互換性がより一般的、普遍的になり、世の中のほぼすべての同型の機械やシステムで対応する要素部品同士が互換性をもてば、その要素部品は標準化されているということになる。パソコン上の多くの文書ファイルの間には互換性があり、USBの差し込み口は全世界で標準化されている。(学術文庫版まえがき、3~4ページ)

 現在私たちの身の回りにあふれる様々なものは、ほとんどがこの「標準」と「互換性」を有する工業製品に属します。橋本氏が例に挙げるパソコンが典型ですね。みなさんお持ちのスマホももちろん、自動車も自転車もそう、レンジや洗濯機など身近な電気製品もみんなそう。むしろそれ以外のものこそほとんど見当たらないですね。われわれがごく当然と思っているこの「標準」と「互換性」ですが、こうした考え方が生まれ育ち応用されそして当然とみなされるようになったのは意外に新しいことなのだ、ということをいくつもの具体的な例によって述べたのがこの本です。
 例えば第1章では銃を取り上げます。金属製の部品と木製部分から構成される銃ですが、18世紀の段階ではいまだ一挺ずつ職工が制作したものであって、全く同じ規格の製品はなかったのです。仮に同じ構造の同型の銃であったとしても、一方の銃のある部品が破損したので別の銃の同じ部品を持ってきてはめ込み修繕する、ということができなかったのだそうです。サイズや形に僅かながらズレがあったのですね。故障があれば、問題個所を職人が手の技で直すか、それを廃棄してしまうか、どちらかしかないのですね。前者は時間と手間がかかり、後者は無駄が発生します。現代人であれば、ものを作るには設計図があってそれに基づけば同じものが作れるだろうと思うわけですが、その設計図なるものが使用されるようになるのが実は案外遅くてやっと19世紀以降のことなのだそうでして(30~31ページ)、それゆえ、見た目の上では同じようなものが大量に作られてはいても微妙なところではそれらは違っていたというのが現実だったのですね。兵器で言えば大砲もそうであり、砲身内部のサイズが違っているのは当たり前で、ことによると内部(口径)が正しい円形になっていないこともあり、そのため砲弾も共通のスタンダードでは不具合が生じたというのです。いやはや、驚きですね。あらゆる機械が全てこんな調子でしたから、生産・流通・消費に限界があったことは、推して知るべしであります。
 それが大きく変化するのは19世紀以降です。その傾向は20世紀になって互換性を持つ部品が量産されることで標準化された製品の大量生産が行われるようになってゆきます。本書で特に注目されるのが「ネジ」です。無数と言っていいほどの種類のネジが私たちの身の回りの物品に使われていますが、互換性を持ったネジ、汎用性のあるネジが作られ使われるようになったのは意外に新しく、そこには製作者の苦労もあれば、お役所的な事情もありました(日本にはもともとネジはありませんでしたね。鉄砲伝来の時に初めて知ったという話です)。聞いたことのない驚くべき物語が次々と語られます。現代人が当たり前だと思っている事柄が、実はそんなに古い歴史を持たないということがよくわかりますし、人類にとって「近代」とはいかなる時代であるのか、そういうところにまで踏み込んで思考を求められます。また、こうして標準化が進んだものばかりがあふれているからこそ、現代では逆に「手作り」感があるものが求められるのかもしれません。他人の持っていないもの、持ち主にだけ合うものは職人や本人のカスタムメイドによって生産されるということになります。
 科学技術史の本でありますので、正直私のポンコツ頭では理解できない個所も多いのですが(泣)、科学や数学の理屈はともかく、人々の発見や努力、そして新製品の普及に伴う影響などの物語はまことに興味深く、学ぶところ極めて多い本というべきでしょう。個人的にはとても勉強になりましたね。なお、著者の橋本氏には、特定の発明家を主軸に据えた『近代発明家列伝』(岩波新書)もあり、こちらの方が文は読みやすいでしょう。こういう分野、知的好奇心を大いにくすぐられます。
(釧路館長 竹内康浩)